空手クラブを運営して気がついた。子どもたちに見る、暴力とは無縁の心「性善説」を信じます!

格闘雑記

空手道場と聞くと、激しい突きや蹴りが飛び交う、少し怖い場所を想像するかもしれません。しかし、空手教室に通う子どもたちを見ていると、あることに気づかされます。それは、子どもたちは生まれつき、とても優しい心を持っているということです。

鬼滅の刃 岩柱・悲鳴嶼行冥は、その実体験から
「子供は弱く、臆病で、嘘を付く」的なことを言っていたのですが、どうにもそうとは限らないのではないかと思う今日このごろです。


相手を思いやる「寸止め」という技術

空手の稽古で最も大切にしていることの一つに、**「寸止め」**があります。これは、相手に突きや蹴りを当てる直前で技を止めることです。

初めて空手を習う子たちは、力加減が難しく、つい勢い余ってしまうこともあります。というか、おとなになっても難しくて、思いっきり当ててしまうこともしばしば、、、。。
しかし、ほとんどの子は自然に相手を傷つけないよう、技をコントロールしようとします。これは、単に「当てちゃダメ」と教わるからだけではありません。もし当たってしまったら「相手が痛い思いをするかもしれない」と、相手の気持ちを想像する力が、本能的に働いているからです。
なので、何も言っていない子供も、打ち込み稽古の時も、ふわっとしかパンチを出さないのです。

空手は、この生まれながらの優しさを引き出し、稽古を通じてさらに大きく育んでいく場所なのです。

あたり構わず走り回り、大声で叫ぶようなやんちゃな子でも、パンチは優しくついたりするものなのです。私が過去に見た小学生にも満たない未就学児は皆、そんな感じです。
逆にこれが当たり前になってしまうと、そもそも技が成立しなくなってしまうので、逆に少し当てるように指導する所から始める訳です、、、。


「強さ」とは、相手を尊重する心

空手の稽古で教える「強さ」は、相手を倒すことではありません。本当の強さとは、自分の心と向き合い、相手を尊重することです。

組手の稽古では、互いに向き合って技を出し合います。しかし、そこには敵意はありません。相手を「倒すべき相手」ではなく、**「一緒に強くなる仲間」**として尊重する気持ちが、自然と育まれます。

稽古が終われば、互いに礼をして、笑顔で健闘を称え合います。空手は、相手を思いやる心と、自らを律する心を育てることで、子どもたちを真に強くしてくれるのです。


終わりに

ということで、子供とは本来生まれながらにして
優しく、相手を思いやる気持ちを持っているのではないでしょうか?

でなければ、アンパーンチ!!なんてガチでぶっ飛ばすパンチを放つアニメをみて育つと、そういう感じになってもおかしくないと思うのです。
彼ら・彼女らは、現実とアニメを区別できているし、実際に殴ってしまったら相手が痛い思いをする!というのが本能としてわかっているのだと思います。
とはいえ、私が見た子供なんてたかが知れいている訳で、これが100人1000人といれば当然話が違ってくるのかもしれません。
私の希望としては、その優しさを持ったまま、強くなってほしいなと思います。

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